60代のOさんは、ごく普通のサラリーマンだ。
派手な経歴もなく、地道に働き、定年まで勤めあげた男。
わたしがいつも立ち寄る立ち飲み屋で、ふとした縁で出会った。
「俺、昔はプロ野球選手になりたかったんだよ」
そう言って笑うOさんの目は、少しだけ遠くを見ていた。
野球が大好きだった少年時代。
夢はかなわなかったが、その情熱は息子に引き継がれた…と思っていた。
息子の道
息子さんも、小学生のころは少年野球に打ち込んでいた。
だが、中学進学を前にしたある日、Oさんは選択を迫られる。
「サッカーも好きだ」と話す息子に、どう答えるか。
「正直、俺は迷った。
サッカーじゃなくて、野球を続けてほしかった。
自分の夢を…息子に重ねてたんだな」
本当はサッカーがやりたかった。
でも息子はずっと、「野球も好きだよ」と笑っていたという。
その言葉を鵜呑みにした自分。
息子の本音に耳を傾けなかった自分。
気づいたときにはもう遅かった。
「中学に上がるとき、大げんかしたんだよ。
『なんでわかってくれないの?』って…
あれから、あいつは俺から離れてったな」
高校までは野球を続けてくれた。
けれど、大学進学と同時に家を出た息子は、
サッカーサークルに入った。
今では、年に一度しか帰ってこない。
今息子へ伝えたいこと
「俺は…かっこいい親になりたかっただけなんだ。
でも気づけば、夢を押しつけて、
一番寄り添ってやらなきゃいけないときに、それができなかった。
あいつの進みたい道を、ちゃんと応援してやれなかったんだ」
Oさんは、今でも息子に謝れていない。
けれど、その想いは、ビールのグラス越しににじんでいた。
「今度帰ってきたときは、ちゃんと言いたいんだ。
『すまなかった』って。
そして『ありがとう』って」
夢を託した背中に、重ねてしまった影。
でも、どんな形でも、親は子を想っている。
Oさんの言葉は、きっと届くだろう。
少し遠回りをしても、家族は、またつながると信じたい。
若者へのメッセージ
「自分の夢を追うってのは、簡単なようで難しいよな。
俺は自分の夢を叶えられなかったけど、息子に託したらそれは『押しつけ』だった。
若い君たちには、ちゃんと自分の心の声を聞いてほしい。
誰かの期待じゃなく、自分の足で、自分の人生を選んでほしい。
間違えたっていい。回り道してもいい。
でも、自分で決めたことなら、きっと後悔はしない。
そして、もし親の言葉や夢にしばられているなら…
どうか、ちゃんと本音でぶつかってくれ。
人はいつからでもやり直せる。
若いうちは、なおさらだ。
後悔しない人生なんてきっとないけど、
『やりたかった』より『やってよかった』と思える道を進んでほしい。」
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